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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2301号 判決 1967年7月28日

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人宮尾重之訴訟代理人は、本訴につき「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決、控訴人丸金商事株式会社訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の本訴請求をいずれも棄却する。反訴につき、被控訴人は控訴人丸金商事株式会社に対し、別紙物件目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和四〇年五月二〇日から右明渡ずみまで一か月金一万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決、をそれぞれ求め、被控訴代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、以下(一)ないし(四)のとおり附加訂正するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(一)  控訴人宮尾重之代理人は、次のとおり述べた。

「(1) 本件建物は、訴外野崎愛之助が訴外伊藤延太郎所有の建物を買受けてとりこわした上、被控訴人名義で再築したものであつて、昭和二六年頃訴外宮尾よ志のがこれを被控訴人から買受け、或を贈与を受け、更に同年同月頃これを控訴人宮尾重之に贈与したものである。従来の主張中これに反する部分は右のように訂正する。以上の如くにして本件建物が同控訴人の所有に帰したものであることは、(イ)同控訴人が昭和二六年から前記訴外宮尾よ志のに毎月金五〇〇〇円宛送金し、そのうちから本件建物の固定資産税を払つてもらつて来たこと、(ロ)被控訴人は同年中本件建物から退去し横浜市神奈川区台町に転居したこと、(ハ)甲第一号証は訴外石田新吉の原案にもとづき、同訴外人及び被控訴人立会の上作成されたものであるところ、同号証には本件建物が控訴人宮尾重之名義であることが明記されているから、同訴外人も被控訴人も右建物が同控訴人の所有であることを認めていたことが明らかであること、(二)しかも、本件建物の敷地は同控訴人が昭和二三年八月一六日訴外赤尾亀代から買受けたものであり、被控訴人はこれに対し何の権原も持たないから、もし本件建物が被控訴人所有ならば右敷地占有につき使用料を支払う等の事実がなくてはならない筈であるのに、そのような事実がないこと、に照らして十分推認することができる。(なお、前記甲第一号証に控訴人宮尾重之が押印した事情は、当時同控訴人は大衆酒場の経営に失敗し、早急に必要な金一一万五〇〇〇円の金策のためたびたび訴外石田新吉を訪ねたところ、昭和三八年一二月一〇日同訴外人から甲一号証の原案を示され、このような書面を作成押印しないかぎり約束の金八万円を貸渡すわけにはいかないと言われたので、窮状を免れるためにやむを得ず甲第一号証を作成押印したのである。もし、このような窮状がなければ、時価数百万円に相当する土地家屋をわずかな金策のために放棄することはあり得ないことである。)

(2) 仮りに、被控訴人は訴外宮尾よ志のに対し本件建物の所有権を移転する意思がなかつたとしても、昭和二六年頃右建物の所有権を外形的に同訴外人に移転することを約したものであつて、それはいわゆる通謀虚偽表示にほかならないから、同訴外人が右建物所有権を取得したものと信じて同訴外人から本件建物の贈与を受けた控訴人宮尾重之に対しては、右虚偽表示の無効をもつて対抗することができない。」

(二)  控訴人丸金商事株式会社代理人は次のとおり述べた。

「控訴人丸金商事株式会社も控訴人宮尾重之の前記(一)の(1)主張をすべて援用する。

(2) 仮りに、被控訴人には訴外宮尾よ志のに対し本件建物所有権を移転する意思がなかつたとしても、被控訴人は昭和二六年頃同訴外人に対し、本件建物所有権を外形的に移転することを約したものであつて、それはいわゆる通謀虚偽表示である。

そして、控訴人宮尾重之は訴外宮尾よ志のが右所有権を取得したものと信じて同訴外人から本件建物の贈与を受け、控訴人丸金商事株式会社は控訴人宮尾重之から更にこれを代物弁済として譲受けたものであるから、被控訴人は前記虚偽表示の無効を控訴人らに対抗することはできない。」

(三)  被控訴代理人は次のとおり述べた。

「(1) 本件建物は、訴外野崎愛之助が訴外伊藤延太郎所有建物を買受けてこれを被控訴人に贈与し、被控訴人がこれをとりこわした上とりこわし材で現在地に建築したものである。昭和二六年頃訴外宮尾よ志のが被控訴人から本件建物を買受け或は贈与を受けたこと及び同訴外人が更にこれを控訴人宮尾重之に贈与したことは否認する。なお、(イ)同控訴人が訴外宮尾よ志のに送金し、かつ、そのうちから本件建物の固定資産税を払つてもらつていたことは否認する。(ロ)被控訴人が横浜市神奈川区台町に転居したことは認めるが、それは当時被控訴人のいわゆる旦那であつた訴外石田新吉の関係もあつて、当時訴外よ志のと円満を欠いていた同訴外人の母すず(被控訴人にとつては祖母)を引取つて移転したにすぎず、決して本件建物を訴外よ志のに譲渡したからではない。(ハ)甲第一号証に控訴人宮尾重之主張のような明記があるからといつて、被控訴人が同控訴人を本件建物の所有者と認めていたことにはならないのみならず、(二)本件建物の敷地は前記訴外よ志のが訴外赤尾彦作から買受けたもので、控訴人宮尾重之が買受けたものではない。

(2) 被控訴人は、本件建物を名義上も実質上も訴外宮尾よ志のの所有とする意思は毛頭なく、控訴人と同訴外人との間にはそもそも表示行為というべきものは何ら存在しない。控訴人らの虚偽表示の主張は右表示行為の存在を前提とする点で誤つている。(甲第一号証は、控訴人宮尾重之の窮状に乗じ同控訴人の財産を放棄させたものではない。)

(四)  証拠(省略)

理由

(一)  当裁判所もまた、被控訴人の本訴請求はすべてこれを認容し、控訴人丸金商事株式会社(以下控訴会社と略称する。)の反訴請求は棄却すべきものと判断するのであつて、その理由は以上(一)ないし(五)のとおり附加、訂正するほか原判決理由記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(二)  原判決七枚目表末行に「原告本人尋問の結果」とある次に「当審における控訴人宮尾重之本人の供述の一部」を加える。

(三)  同七枚目裏終りから第二行目に「実子」とあるのを「事実上の養子」と改める。

(四)  同八枚目表第四行目に「証人平田あや子の証言および控告宮尾重之本人尋問の結果」とあるのを「原審ならびに当審における証人平田あや子の各証言および控訴人宮尾重之本人の各供述」と改める。

(五)  同八枚目第七行以下末行までを次のとおりに改める。

「右認定の事実から見れば、本件建物は訴外野崎愛之助の贈与によつて前示移築と同時に控控訴人の所有に帰したものと認めるのが相当であり、その後被控訴人が訴外宮尾よ志のに対し右建物を同訴外人名義にすることを許容したのも、売買、贈与など本件建物所有権を同訴外人に移転する意思でしたものではなく、従つてこれにより右建物所有権は同訴外人に移転することはなかつたものと解すべきである。この点に関して控訴人重之が当審で主張(控訴会社もこれを援用)する(1)の(ロ)の事実は被控訴人の認めるところであり、同じく(ハ)の事実中甲第一号証の作成経過および記載内容に関する事実は被控訴人の明らかに争わないところであるが、いずれも以上の認定判断を左右するに足りない。また、同じく(二)の事実のうち控訴人重之が昭和二三年中本件建物敷地を他から買受けてこれを所有するに至つたことは、当審における控訴人宮尾重之本人尋問の結果により真正に成立したと認める丙第六号証の一、二によつて認めることができるけれども、右買受後昭和二六年頃まで本件建物所有者である被控訴人が控訴人重之に地代等敷地使用の対価を支払つた形跡の認められない本件では、昭和二六年頃以後被控訴人から右対価の支払がないことをもつて本件建物所有権が同控訴人に移転したことの証左とすることはできない。

次に、控訴人らは、昭和二六年頃被控訴人と訴外宮尾よ志のとの間に外形的に本件建物所有権を移転すべきことの約定があり、これはいわゆる通謀虚偽表示にほかならないから、その無効をもつて善意の第三者である控訴人重之および同控訴人から代物弁済を受けた控訴会社に対抗できない旨主張する。しかし、当時未登記であつたことにつき争いのない本件建物を訴外よ志の名義とすること(この場合、当時施行中の家屋台帳法のもとでは新規登録の申告をすることであり、不動産登記法のもとでは保存登記の申請をすることである。)は、被控訴人と同訴外人との間に所有権移転の外形をつくり出す行為ではないから、これを前認定のように許諾したからといつて、それだけで当然両者の間に所有権移転の虚偽表示があつたものと断ずることはできないのみならず、他に控訴人ら主張のような約定の存在を認めるに足りる証拠はない。また、被控訴人にとつて訴外よ志のは養母、控訴人は戸籍上同訴外人の弟となつているが事実上の養子であることは前認定のとおりであり、この事実に原審および当審における被控訴本人尋問の結果を考えあわせると、控訴人重之は本件建物所有権が被控訴人から訴外よ志のに移転した事実がないことを知つていたものと認めるのが相当である(前顕証人平田あや子の各証言および前顕控訴人宮尾重之の各供述中右認定に反する部分は採用しない。)。それ故、控訴人らの前記主張は理由がない。」

(六)  よつて、原判決を相当と認め、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(物件目録は一審判決と同一につき省略)

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